これは、事故が起きることを事前に予兆として感じていたか、大きな事故が待ちうけているせいで、行動が変だったことがわかる。運転手は、振替輸送のことで頭がいっぱいだったと思われる。
当初は、乗用車と列車の正面衝突の予定だったが、列車の運転手が車に人が乗っていなかったことに気づき、自分たちだけ死ぬのはいやだ、ということになり、急ブレーキをかけた。
カーブでスピードを出していたのは、乗用車と衝突するためで、それを急遽変更したため、急ブレーキをかけ、それが二両目がマンションに突撃してしまった理由である。急ブレーキをかけたため、急ブレーキをかけた一両目に、ニ両目がぶつかりその衝撃で、マンションまで車両が吹っ飛んだ。他の車両が曲がっていたのも、そのためである。
乗用車と列車の正面衝突の案を出したのは、菊地直子であるといわれる。
乗用車の主に正面衝突の命令をしたのはK元首相だが、裏に愛人の菊地直子の提案があった。
しかし乗用車の主は、正面衝突はいやだったので、車を線路に置いて逃げた。もし、正面衝突していれば、衝突事故があった際に、非常ボタンは押さなかった。第二次、第三次災害を計画していたからである。
この後の列車は、上下線とも線路上で列車が何本か走っていて、非常ボタンが押されなければ、それらの列車が衝突した列車に突っ込み、それ以上の大惨事になるところだった。
しかし、乗用車の主が車にいなかったので、菊地直子がじゃあ、やめとこうか、と非常ボタンを押したと思われる。
乗用車の主は、菊地の夫で大塚といわれる人物で、中田清秀か上佑であると思われる。
二人は結婚していたが、互いに譲り合うたちではないので、菊地は中田か上佑を密かに殺したいと思っていた。
第二次、第三次災害を企んだのはK元首相である。
菊地の正面衝突の案に、もしそうするするのだったら、第ニ次、第三次災害を狙おう、と言い出したのは、K元首相の方である。
政治家二人が、列車の正面衝突や第二次、第三次災害を狙ってわざと列車事故を企んだ。これがテロではなくて何だろう。
この事故にかかった費用の総額は、9000億円にものぼるいう。
この事故の背景として、当時のJRの人事や環境で、労組の幹部や革マル派がまずい状況に置かれていたことが考えられる。
それを覆すために、部下(乗用車を置いた者)やシンパの職員を使って事故に見せかけたテロを企んだと思われる。
国鉄時代、下山総裁が轢死した下山事件が未解決なので、国鉄やJRには、革マル派がらみのこの手の事件が多いはずである。
K元首相も、革マル派(国鉄の民営化をしたN元首相)の子孫である。乗用車を置いたと思われる人物は、K元首相の部下である。
この人物は、A元首相の外部秘書もしており、A元首相と革命マル派政治家は、同じ派閥出身である。
この派閥は三菱系派閥である。
NTTと国鉄は戦時中、政府や東条の命令にそむき、警察などから目をつけられていた民間人を助けていた。それが東条の気にさわり、戦後、N政権の時にお前らのせいで負けたといわんばかりに復讐をされた。それが、NTTと国鉄の民営化だった。N元首相と東条英機は同一人物である。郵便局も同じである。
日本の恐怖政治の犯人は、Hの宮夫妻である。
自分の出世のために、長男であるHの宮を支持していた役人も多く、Hの宮の人気は今だ役人の間で高いが、妻のM子も官僚の出身者なので、二人の計画には、役人が支持をしている。
真犯人がわかった今も、冤罪をかけられた者の立場が向上しないのは、M子と役人のせいである。
特にM子は、権力に固執するあまり、真実が暴かれるのを極度に嫌っていて、自分の意地にかけても、自分たち皇族の罪をなすりつけられている人を
絶対に這いあがらせないように思っている。
その結果が、あの醜い顔である。
悪魔が棲みつく心には、顔にも悪魔が宿るようだ。
Hの宮はロスチャイルド家ではないが、悪の枢軸国がついてくる。