犯人は住吉会?事件は自作自演?
グリコ・森永事件の犯人グループは、住吉会である可能性が出てきた。
グリコ・森永事件の犯人は、3月14日のホワイトデーを嫌っているフシがあり、バレンタインデーにチョコをもらった男が、ホワイトデーに女にお返しをする、というイベントが嫌いで、その根底にあるのが「せっかく2月14日に女の命をもらったのに3月14日にそれを返したら女が生き返りそれは許せない」という思惑だ。犯人は、極端な女性差別思想を持っている可能性がある。
住吉会は、後のオウム真理教として暗躍しているが、職場で極端な女性差別を行っているグループで、よく行われているのが、女だから殺してもいい、として数人で蹴り殺す等のことを同僚の女にしていることが言われている。
住吉会の正体は、南アフリカ周辺国や南アフリカ共和国人の集団であると思われる。
住吉会の会長は、南アフリカのアパルトヘイトを終わらせた、ネルソンマンデラと同一人物(演歌歌手М)である。
南アフリカは、アパルトヘイトを世界で唯一合法的に制度化した国でそれは1990年代初頭まで続いた。
住吉会が、グリコ森永事件を起こしたとすれば、目的は何だろう。
目的① 女性差別を蔓延させる
グリコの社長は住吉会の会長と同一人物で、妻も住吉会の構成員である。さらに、森永の社長夫妻も同じカップルだ。
脅迫を受けた企業は、当時の皇太子妃が懇意にしていた企業で、これらの企業は中国系だと言われている。
実は、皇太子妃は、山口組の会長の竹中正久の愛人と同一人物で、交際中に、住吉会の会長とも親密となり、山口組と住吉会の間で女の取り合いが行われた可能性もある。この争いで、殺害されたのが山口組の組長であると思われ、殺害したのは、山口組の別グループということになっているが、この人物は、住吉会の幹部とも同一人物である。
皇太子妃の扱いを、山口組(中国)→住吉会(南アフリカ)に変更しようとした狙いがあったのではないだろうか。
その為に、皇太子妃の子であったNの宮を誘拐し、身代金を得た上で殺害し、いいなりにしようとしたのではないかと思われるが、実は、皇太子妃の方が上手(うわて)で、皇太子妃の方が過去に住吉会の会長の親を殺害していて、会長をあやつって自作自演事件を行わせたのではないだろうか。
これまでの、親中国皇太子妃から、親アフリカへ変更し、共産国家の力を借りた国民支配から、アパルトヘイトを流用した国民支配に変更させようとしたのではないだろうか。つまり、1984年と85年に起きたグリコ森永事件は、5年後の平成時代を見据えての体制変更の為の事件だったのではないだろうか。犯人グループのメンバーが、天皇家の一族と一致している点も気になる。
ネルソンマンデラが90年代初頭にアパルトヘイトを終わらせた時、日本の女や世界の女を奴隷化するよう、ネルソンマンデラが何者かと密約していた可能性もある。そのようにして南アフリカでの黒人差別を終わらせる代わりに、世界の女を女性差別するというようにイメージしたのではないだろうか。
日本の女を奴隷化することにより、寄って来るのは男たちだ。女を半ば合法的にイビれるし、女の親族が持っている財産をせしめることが出来る。親族らは、女の親というだけで殺害されて行くのだ。このため、男にとっては好都合なことだったのだ。
グリコ森永事件と同時期に、突如としてタリバンが登場している。
タリバンの出現は、南アフリカのアパルトヘイト終結と関係しているかも知れない。
何故かというと、タリバンの資金源のサイフという人物は、住吉会の会長と同一人物で、住吉会会長が構成員に金を払ってテロ活動をするように仕向ける構図が連想できるからだ。
住吉会の会長は、アパルトヘイトを終わらせる代わりに日本の女を天皇家から奴隷化し、タリバンのテロから世界の女を奴隷化させることをイメージしたのではないだろうか。
ネルソンマンデラによりアパルトヘイトが終わったが、代わりにその差別が、日本の女や世界の女にタリバンのテロにより襲い掛かった可能性がある。
日本かアメリカの政治家が、アパルトヘイトを南アフリカで終わらせる代わりに日本の女を奴隷化してもよい、と密約していたとしても不思議ではない。日本の女の人権を搾取した方が金になる。
目的➁ 中国、イギリス系企業を奇襲
皇太子妃と懇意にしていた企業が犯人グループにより脅迫を受けた、と言われている。実は、皇太子妃は中国と親しかっただけではなく、姉がいて、その姉がイギリスの女王だったのだ。
一族的には、中国とイギリスに力を持っていたということになるだろう。
もし、住吉会の犯行だとすれば、南アフリカの構成員(住吉会)が事件後未解決であることを利用して、中国、イギリス系の企業を奇襲していた可能性もある。
奇襲とは、企業への脅迫行為を含む乗っ取りだ。
これが、現在の住吉会の詐欺事件の始まりになっているのだろうか。
誘拐された女の子は1984年8月23日に殺害された?
江崎社長と娘は誘拐され、その後、自力で逃げ出したが、この後、誘拐された女の子(紀の宮)は、1984年8月23日に、江崎社長らしき人物に殺害されていたらしい。この約1年後に終息宣言が犯人から出されている。
脅迫電話の声に女の子の声が使われているようだが、その声の主は、誘拐された女の子の声だったのだろうか。
女の子は殺害された後、頭部と胴体をバラバラにされ、頭部はきれいに磨かれた状態で保存されていたようだ。
犯人の目的は、女の子を殺すことだったのだろうか。1年後だったのは、1年経ち、もう見つかる心配もないのでということだったのだろうか。 女の子を庇う人たちが、死去してしまったり、不調になったり、それが1年後だった、と考えられなくもない。
犯人は、ホワイトデーが嫌いだったので当時の皇太子妃の女の子を誘拐して殺害し、ホワイトデーを阻止したかったということではないようにも思える。事件が未解決なのに、ホワイトデーはそのまま習慣として定着している。