宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 30    高島平殺人事件 アメリカと警視庁が注目した交通量調査殺人事件


●事件名
高島平殺人事件

●事件の概要
 2007年6月6日、板橋区高島平にあるアパートの一室で、男性の血痕とみられる大量の血液が発見された。
このアパートに住んでいたのは、大久保義憲氏(39歳)という男性である。
 大久保氏の自宅は、たびたび、不正請求詐欺に使われいる住所であるとして、警視庁からマークされていた。
 事件前に、不審なピンク色の車が目撃されているという。
 血痕が発見されているが、遺体は未発見である。
 警察では、数人の男に暴行されたか殺害された後、別の場所へ連れ去られたとみている。

●事件の背景
 この事件は、さほど有名ではないが、いろいろな人々が興味を持って事件の成り行きを注目していた。

●犯人は誰か
 殺害に使われた部屋は、大久保という男性の部屋で、都内にいくつか大久保名義の会社があるといわれる。実はこの大久保が、元自民党議員のK林K起氏の別名で、彼は通産省の元官僚だった。

 マンションを借りていたのはK林氏の別名名義で、この部屋の名義人は、借金に苦しんでいて、口座などを暴力団に売りながら生活していた男で、口座はオレオレ詐欺などに使われていた。
 名義人の大久保氏は、戸籍を何度も移籍させられ、違う名義の携帯電話をいくつも持っていて、都内にある実態のない幾つもの会社の代表の名義人にもなっていた。
 その上、借金をしていたこともわかっていて、借金取りに脅され、名前を貸し、その名前が不正請求詐欺の名前に使われていたということだ。
 これは、K林氏と大久保という人物像が混じっているために、借金と会社の代表の話が出てきているようだ。大久保という人物は、幾つもの会社の代表をしている人物であるとかの話やオレオレ詐欺をしている、などの話もあるが、大久保という人は殺されていて、名前だけが一人歩きしていて、実際に殺した犯人がこの部屋の家賃を払っていた本人で、会社の代表やオレオレ詐欺に手を染めていた人物であると思われる。

 K林氏は、M元首相が領袖である清和会を1998年に離脱し、郵政民営化では反対票を投じ、日本新党に鞍替えしている。日本新党の党首とは、同じ時期に清和会を離脱していた。
 日本新党といえば、今の金融相のK井氏が代表をしていた。K林氏とは一時的に行動を共にしていたことがある。K井氏といえば、警察官僚に睨みが利く。
 K林氏は、2006年に落選していて、清和会からも恨みを持たれていたと思われるが、事件の時には、自民党のいいなりになっていたものとみられる。

 M元首相は、オウムの麻原を石川県の自宅で居候させていて、自民党の主に解散時期に関しての謀略事件などをオウムに起こさせていた。
 M元首相にとって不利な要因が出てきた時に解散を決めるのは、自民党にとって致命傷であるため、そういう時を狙ってオウムに未解決事件を起こさせ、解散の時期を引き延ばす戦術を使っていた。

 自民党やオウムや他の政党も、被害者の死により、解散の時期がずれ、惨敗しないですんだ。
つまり、被害者の死により、解散をまぬがれた、ということだ。

 被害者(大久保とされているが本名は不明)の死亡には、まずアメリカが反応し、日本の天皇を制裁する、などの話も出てきたといわれる。
 米国と警視庁が反応していて、天皇が戦争を起こそうとしている証拠のビデオを持っているなどの話が出ている。


 高島平付近には、演歌歌手が何人か住んでいる。
 Y代とY川であるが、二人ともオウム信者である。

 殺害された人物は交通量調査の調査員

 この事件では、二人の調査員が襲われ、そのうち遺体は群馬県の山中で一体見つかっている。しかし、もう一体がまだ未発見で、未発見の遺体は、春日部の「三原」という人物のアパートにあるだろう、とされる。
 6月7日に高島平付近で、交通量調査があり、前日に調査員が高島平のK林K起氏で麻原の部屋に泊まることになり、二人は6月6日に高島平へやって来た。調査は1日で終わる。
 麻原とは友人であったが、「俺は麻原(違う呼び方かも知れないが)の友人」だと自慢するのでわずらわしかった。群馬県で発見された遺体の主は、麻原の友人と言っていた人物の友人で、麻原とは面識がない。
 春日部の三原という人物が、麻原の友人であると思われるが、もしかすると、三原は助かったが、友人だけ殺害されたかも知れない。

 オウムの常套手段として、殺害する人間を昭和天皇に見立てている(明仁天皇塩見孝也という赤軍派だからである)。昭和天皇は三好と名乗っていた国会議員だったことがあり、親しくしていた国会議員仲間がいて、その中の一人に東S三議員がいるが、彼は渡辺芳則である。