宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 ①-315    9.11同時テロ事件のつづき オサマビン・ラディン師とフランス

 フランス

 フランスは1998年頃、日本のフランス大使館で皇族と思われる女性を殺害している。そして、その後、日本人の自殺が急増している。
 9.11のテロの時には、フランス人記者が、報道前より早く現場に着いていたといわれた。事前に情報を知っていた可能性は考えられる。菊地直子というオウムがTBSという日本の放送局でアナウンサーをしていたが、フランス人と結婚し、その後フランスに在住していることになっている。
 実は、9.11のテロは、菊地直子と同一人物の皇太子妃雅子のために行われたと考えられ、菊地直子とオサマビン・ラディン師の関係が気になる。
 皇太子妃雅子は、演歌歌手Mの娘とも、I知事の娘とも言われていた。
 演歌歌手Mは、菊地直子の元夫でもあり、戦後、河川敷で一緒に生活していたこともあったという。しかし、I知事(オサマビン・ラディン師)の娘である可能性も捨てきれない。
 演歌歌手M(サイフ)と菊地直子が離婚した際には、オウム内で内紛が起きており、親族であるなら内紛が起きるのは不思議といえる。

 フランスでは、シラク前大統領が、サウジアラビアの国王と同一人物者である。
 大統領をしているSコジという人物は、フセイン元大統領と同一人物である。ルペンという首相をしていた人物もタリバンのハビブジディという手配犯である。
 
 オサマビン・ラディン師は、日本の徳川時代にも、謀略活動を行い、徳川幕府を崩壊させている。徳川慶喜の妻となった菊水亭という家の娘が、慶喜に諜報活動を行い、幕府崩壊に火をつけたと思われるからだ。この菊水亭という家が、外国人系の家で、諜報活動をするために作られたその場だけの家の名前で、実はこの菊水亭の主が、オサマビン・ラディン師であると思われる。慶喜の住んでいた大手町の隣の一ツ橋は、オサマビン・ラディン師でI知事の縄張りとも言える土地になっている。
 中国でも、愛新覚羅溥儀の妻となったえん容という女が、オサマビン・ラディン師の娘である。この愛新覚羅溥儀の妻となったえん容らオサマビン・ラディン師の一族が、王室を崩壊させるための謀略をしていた可能性がある。家庭教師にイギリス人がつき、ニックネームを、エリザベス、溥儀にはエリザベス家と敵対するニックネームをつけていた。
 何故、彼ら一族が世界の王室を崩壊させようとするかというと、フランス革命があったためではないかと思われる。
 フランス革命は、1700年代にフランスの王室が崩壊した革命であったが、その時からフランスは、世界の王室を倒そうともくろんだとすると、隣国のイギリスを憎んだはずである(しかし、フランス革命の後、ナポレオンが皇帝の座に就いている→オウムの上佑がナポレオン穂名人であるという説があり、ナポレオンはマリー・アントワネットや親しくしていた国を憎んでいた?)。
 日本の徳川末期の時も、中国のラストエンペラー末期の時も、イギリスが接近していた。これは、フランスの王室崩壊作戦を阻止しようとしてのことではないだろうか。
 徳川家は、王室ではないが、天皇に仕える政府だったと思われる。

 オサマビン・ラディン師は、日本の天皇家と親しいように感じるが、あるいは、そのようなイメージを持っている人がいるが、実は逆で、天皇家を謀略により引き離したりてんでばらばらにさせようと、していたところが受けられる。例えば、1970年に起きたよど号事件では、皇族がよど号に乗っていたとか、よど号事件のせいで皇族がばらばらになった、赤軍派とすりかわったなどと言われているが、このよど号事件の搭乗案内の放送をしていたのがI知事(オサマビン・ラディン師)であるという説もある。
 オサマビン・ラディン師は、2006年8月には、明仁天皇の弟を殺害している。
 1998年頃から、天皇が、娘を殺害した者に操られていたとしたら、天皇が自分の手で自分の家の者に危害を加えていると考えられる。
 2010年5~6月には、イギリスのエリザベス女王が、ハンブルグ細胞(オサマビン・ラディン師の娘?)により殺害されていると思われる。