宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 29-480    仮谷さん拉致事件のつづき

 
 現在、H陸宮をしている人物は、仮谷氏である。仮谷氏は自分に見立ててH陸宮を殺害し、自分がH陸宮になることで、仮谷清志をH陸宮になすりつけているのではないだろうか。  

 H陸宮の自宅は、赤坂ではなく、渋谷区東という場所にある。すぐ近くには、麻原彰晃と同一人物のタレント事務所がある。
 また、奇妙なことに、同じ地域に渋谷清掃工場がある。清掃工場の近くに皇族の自宅があるのは不思議といえる。

 H陸宮と同一人物ではないかと思われる人物に、故・中川一郎、俳優の蟹E敬三がいる。

 H陸宮がHの宮の父親なのか

 Hの宮のお父さんが1995年に本当に死んだのかということだが、Hの宮と同一人物者は、確かに1995年から異変が生じている。

・1995年4月 同一人物者の妓郷蟻析困、衆議院議員の永続勤務表彰の際、突然辞任している。
・1995年11月 同一人物者の田宮高麿が死亡したと北朝鮮のニュースが伝えた。
・同一人物者の村下孝蔵のお父さんが死んだ、と業界で噂された。

 Hの宮と同一人物者は、仮谷清志、菊池直子、国松長官である。仮谷清志と国松長官は警視庁の発表する事件で被害者となっている。また、被害者でありながら、指名手配される、という事態にもなっていて、お父さんが死んだ、というより本人が異常な事態になっていたようだ。

 H陸宮がHの宮のお父さんであるかも知れない記事がある。しかし、これだけのことでは親子かどうかはわからないが、概要はこうだ。
 1959年に明仁皇太子と美智子皇太子妃が成婚した後、選に漏れた元皇族や華族から美智子皇太子妃が民間人出身ということで、非難の的になっていたという。しかし、そんな時にH陸宮がよき相談相手となり、美智子皇太子妃を庇った。そして、1960年2月にHの宮が誕生した、とある。
 この時、美智子皇太子妃を庇ったのが明仁皇太子でなく、何故H陸宮だったのか、そのようなことがあった折にHの宮が誕生している、ということが、もしかしたら、H陸宮がHの宮のお父さんだったのではないか、と一瞬思わせる。

 替え玉の芝居

 仮に常陸宮がHの宮の父親であったとしても、現在のHの宮の実の父親ではない。Hの宮は1965年に生まれているが、現在のHの宮の年齢とは違う。本物のHの宮は、1968年頃に殺害され、替え玉がHの宮をしている。
 しかし、殺して替え玉をしている者が、人を欺くために、芝居を打って父親を殺された風を装っているのだ。
 Hの宮は、夏休みのラジオ体操の会場(ラジオ体操発祥の地の大塚公園→豊島が丘御陵のすぐ近く)でジャージ姿のH山に殺害されている。H山は、現在Hの宮をしている人物と同一人物で、H山がHの宮少年を殺害し、それ以来、ずっと替え玉をしていたのだ。
 平田信が殺害したのではないかとも思われたが、平田信ではなく、現在Hの宮をしている人物が、替え玉もしていたのだ。
 平田信は、1970年代頃に、自分がHの宮になる、とずっと思っていたようだが、H山に先を越されたのだろう。
 Hの宮をしている者とH陸宮が本当の親子関係があるのかどうかが不明だが、この人物が扮している有名人の父親と比べてみると、

・H山邦夫→父親は軌賚困脳緲柑帽澄
村下孝蔵熊本県で映画館を経営していたが誰かは不明。村下孝蔵は俳優のK山雄三の大ファンだったことが知られているが、K山は麻原彰晃
・妓郷蟻析頃父親は潔で、麻原彰晃が潔をしている。
・菊池直子→不明。
・田宮高麿→不明。
・A倍晋三→晋太郎で、本人と同一人物。
・H本龍太郎→龍伍で、本人と同一人物。

 本人か麻原か上祐が父親役をしている。上祐はお父さんというよりも息子の可能性があり、除外すると、麻原彰晃がお父さんに近い。