皇太子妃M子は、早川紀代秀?
皇太子妃M子は、上裕史浩の母親の早川紀代秀である可能性が出てた。これまで、上裕と早川の区別が難しかったが、最近になり早川の素性についてわかってきたことがあるためだ。
皇太子妃にも、普段から品行方正に人物かおとなしい人を替え玉にして、それを防波堤のように使っている人がいて、仮谷清志の妹は、皇太子妃M子の防波堤に使われていた人物であると考えられる。
仮谷清志の妹は、オウムのロシア人信者として、警察に追われていたが、実は麻原を奪還しようとしていたのは、早川の方であるという説がある。
仮谷清志の妹は、女子短大の英文科に入学していたが、その学校の寮がロシア語を使用していて、その寮の名前をオウム信者名として使っていたか、そのように呼ばれていたようだ。
オウムは、仮谷清志の妹をダシにして、銃の密輸などをしていたようだが、それはまだ続いているようだ。
皇太子妃M子はフセイン?
皇太子妃M子は、O沢一郎と同一人物者だが、O沢がフセインである場合、皇太子妃M子はフセインと同一人物者ということになる。
この場合、連絡係をしていたのは皇太子妃M子である可能性が手で来るし、フセインと同一人物者なので、サウジのオサマビン・ラディン師を首謀者としながら、イラク戦争が起きているので、フセインも首謀者ということになる。
この二人は親子関係にあり、ビン・ラディン師の父親か母親が首謀者ということになる。
また、フセインは、太田道潅と同一人物であり、フセインやフセインと同一人物者を公開捜査などして捜査していた警察官を殺害し、大崎の目黒川一帯に埋めていたのだ。
フセインのことを捜査していた警察官がたくさん殺され、その遺体を大崎周辺に埋めて「日本のイラク」にしていたのだ。
宮崎県も同じ理由だろうか。
宮崎県の場合も、誰かと同一人物者の捜査をしていたら、その犯人に捜査員が殺害されているが、国際指名手配犯などかも知れない。
宮崎では、上裕か平田信のような男が捜査員の殺害に関わっている。