宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 38-89    八王子大和田スーパー殺人事件のつづき

 

 被害者の検事の名前として、八王子検事のY村弘氏や信田M男氏である可能性がある。

 検事は八王子でオウム事件を捜査していた?

 八王子検事らは、オウム裁判のオウム捜査か別の何かの事件のために、スーパーで一日だけ勤務することになり、その当日、勤務が終わった後に銃殺されたのではないだろうか。
 殺害後、高校生の制服に着替えさせた者がいて、八王子警察は被害者を高校生と勘違いした。

 例えば、八王子の創価学会施設で1993年に池田大作襲撃事件が起きている。この事件の犯人は、新実智光という信者が実行犯だとされている。
 新実は、仮谷清志、皇后美智子と同一人物で、検事業界のドンでもある。
 その新実が、Ⅰ田大作を襲撃したということで、検事らは「新実とはどういう人なのだろう」と思い、新実が働くスーパーに潜入して人物像を掴もうと思った。
 しかし、そのことを知られては困る人物(上裕で天皇)に銃殺されてしまった、というようなことではないのだろうか。
 Ⅰ田大作は、S価学会の会長職にあった後、日蓮正宗から除名処分を受けて当時もSGIの会長職に就いている(除名処分を受けた後でもS価学会の名誉会長職は変わらない。
 
 S価学会の経歴

1930年 創価教育学会(S価学会の前身)設立
1946年 S価学会に名称変更
1952年 宗教法人に認可
1958年 Ⅰ田大作が会長に就任
1975年 グアム島でSGI創設
1979年 Ⅰ田大作が会長を引退し、名誉会長に就任
1991年 Ⅰ田大作が日蓮正宗から破門される
1992年 Ⅰ田大作とS価学会員全員が日蓮正宗から信徒除名処分を受ける
1997年 日蓮正宗の一部改正により、創価学会員の日蓮正宗の檀信徒資格が喪失。
 その後、Ⅰ田大作は、中国の国家主席などとの対談が増えるようになる
 
 これを見ると、1946年に創価教育学会からS価学会に名称を変更し、転換期となっている。
 1946年といえば、戦後直後のことであり、名称変更した学会は、GHQにより干渉を受けて、アメリカ寄りの宗教団体になったと考えられる(Ⅰ田大作は、ヒトラートルーマン大統領と同一人物で、ポツダム宣言を読んだ人物と同一人物者。この辺りから日本人のための宗教ではなくなっているようだ)。
 S価学会と、もともとの宗教である日蓮正宗とは、対立関係にあるようだが、S価学会の信者らは、Ⅰ田大作の教義を「日蓮正宗の新解釈」としているようだ。
 学会とお寺の関係では、新解釈派と従来解釈派の対立ということになる。
 このことに、Ⅰ田大作やS価学会員による教員(教育学会)や従来解釈派(法華講員)の大量殺人がついていて、実態はテロ活動をする組織なのに、いい人たち(教員)の集団に見える、ということだろう(もともと信仰していたお寺を踏みにじり、自分たちの宗派が正しいといって殴り込みをしているのがS価学会とⅠ田大作。Ⅰ田は、新しいご本尊を作ろうとしている。それまでは日蓮正宗を名乗る。Ⅰ田大作はアメリカ・ドイツ人→アメリカン・ナチス→ネオナチ)。
 
 衛星で盗聴
 
 S価大学は、鹿児島大学との共同で、1997年に衛星を打ち上げており、これが盗聴の始まりなのではないだろうか。
 案外、八王子事件の被害者の遺体などを搭載し、衛星で飛ばして、その衛星が盗聴の原因になっている、ということかも知れない。
 結局は、Ⅰ田大作との対立関係にある人物らは検事や裁判官、警察官などお堅い人たちなので、
その誰を殺しても、日蓮正宗が迷惑を被るようになる、ということなのだろう。
 1997年に、S価学会員は、檀家信徒資格を喪失したが、Ⅰ田創価学会は、家族を殺してその死んだ家族を本尊にするよう仕向けているので、その家族のお墓のある寺が檀家資格を禁じたので、困るのは学会員の方だということで、お寺がそういう決定をしたのだろう。
 しかし、このことでⅠ田も黙っているわけにはいかず、そういう理由で衛星を打ち上げて、日蓮正宗の関係者や似たようなタイプの人たちを盗聴行為に遭わせていたのではないだろうか。
 SGIにⅠ田が本腰を入れるようになったのは、この頃ではないだろうか。