裁判所、警察は菊地直子から金を受け取っていた
2015年11月の終わり頃、菊池直子に無罪判決が下りた。
しかし、これにはやはり裏があったようだ。
菊地は、裁判所に金を払い、無罪判決が出るように裏取引をしていたのだ。その直後から、今度は通報者狩りが再び始まり、女性の中では、魔女狩りの世の中に戻ってしまった。
裁判所に金を払った後、今度は警察にも金を払い、「通報者をやってくれ」と依頼をしていたようだ。
菊地直子と菊池直子は同じ人なのか
菊地直子は、指名手配から10年位経った頃、菊地の地の文字を、池という文字に変更した。変更を発表したのは警察だが、この菊地と菊池は、同じ人なのか、別人なのか、よくわからない。
指名手配された頃の名前を変更することにより、名前で捜査していたものが壊れ、新たに何の意味も持たない菊池という名前で捜査しても、何も出てこない、というのは普通のことなのではないだろうか。
一説によると、菊地直子は、突如、指名手配中にも関わらず役所に現れ、「戸籍の文字を変更したい」と言い、地の文字を池の文字に変更して行ったという。
この時点で菊地直子が現れた、と通報するべきだったのだろうが、名前を変えてからの報告だった、のだという。
確かに、菊地と菊池という名前から受ける印象は違うし、菊地直子という方が、当時のイメージを彷彿としやすい。
名前の変更を認めるのは、罪の変更を認めると同等の意味があったといえないのだろうか。
菊地直子は二人以上いた
逮捕された菊地直子は、石井久子と同一人物者であるようだが、美女の方の菊地直子は早川紀代秀と同一人物である。さらに、裁判に出ていたのは、仮谷清志(新実智光)という説もあるが、Ⅰ原慎太郎(林郁夫)かも知れず、少なくとも、菊地直子は三人いたことになる。
指名手配写真の菊地直子は林郁夫でも、菊地直子の本体として認知されていたのは、早川紀代秀である可能性もある。マラソン大会に出場していた菊地直子は、早川紀代秀の雰囲気に似ているし、学生時代の菊地直子の写真も早川紀代秀に似ている。
菊地直子は大きく分けて二人
この二人とは、林郁夫と早川紀代秀である。
二人は、一人の人物を二人三脚で演じることがよくあり、これまでも、区別が難しい人物を二人で一緒に演じていたらしい。
代表的な例に、徳川家康がある。
さらに、Ⅰ原慎太郎の方は、同一人物がたくさんいるが、母親の早川紀代秀の方は、皇后美智子、Ⅰ破茂、T木ブーなどの同一人物者はいるが、目立った有名人ではなく、影に隠れるような感じで存在している。しかし、オウムの資金源は、早川紀代秀が会長か頭取を努めるテレビ東京系の銀行で、一般には隠れた存在だが、オウムの中ではそれは大きいようだ。
なお、早川紀代秀には、息子がいて、この息子は端本悟である。端本は、石井四郎と同一人物で、厚生省の役人だったことがある。少子高齢化対策など最近の厚生政策は、端本悟と父親のH本龍太郎(端本悟はH本龍太郎の息子というわけではないが、実の親子関係がある)の意思に依るところが大きいらしい。
石井四郎の父親のH本龍太郎と同一人物者は、第二次大戦直後の帝銀事件で、石井四郎に間違えられていたことがあるという。
大塚さんはやはりいた?
銀座の広告会社でコピーライターをしていた大塚さんで、Ⅰ田純一と同一人物者だが、最初からビン・ラディン師(麻原)だったわけではなく、もともとはやはりサウジアラビアの皇族の一人だったが、殺害されてビン・ラディン師が名前をかたるようになっていた可能性もある。
大塚さんは、オウム事件が明るみになる前から、麻原彰晃を「麻原さん」と呼んでいたらしく、もし、オウム信者だったらそういう呼び方はしないだろうが、どこかでオウムの存在を知り、麻原と話すなどしていた可能性もある。
大塚さんが殺害されたのは、2000年12月に起きた、宮沢一家殺人の時か直前であると思われるが、この年は9.11のテロが起きるギリギリ前年であり、大塚さんの死をビン・ラディン師が利用し、シナリオ作りをしていた、ということも考えられる。
そして、本栖湖に遺棄された仮谷清志とは、大塚さん、ということになるが、大塚さんは、仮谷清志との間に子供を産んでいたか、婚姻関係があり、仮谷清志を押し付けられて死亡した、という可能性も出てくる。
大塚さんが死亡した時期が、宮沢一家殺人の直前だとすると、宮沢一家殺人の時には、替え玉が妻を騙していた、ということになる。そして、夫が殺害されていたことを、妻も子供も知らずに、犯人に殺害された、ということになる。