宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 39-16    上野公園ボート池殺人事件のつづき

 2005年12月に台東区在住のS学会信者で法華講員の山谷氏という人物が学会員に襲撃される事件が起きている。この山谷さんという人物が、ホテルの支配人のF崎氏であると思われる。
 そして、この山谷氏の先輩講員に佐藤さんという人物がいて、佐藤さんも同じ頃、学会員から山谷さんを誹謗中傷する電話があったり、自宅に学会員が押しかける事件が起き、両件とも警察沙汰になっている。
山谷氏の家に学会員が恫喝しに来たのは、佐藤さんの居所を教えろ、というものであり、学会員と佐藤さんとの間に何らかのトラブルがあったものと思われる。
 山谷氏と同じ苗字の議員で、山谷E子という人物がいて、この人物は、菊地直子に間違えられ、警察に逮捕されていたこともある。しかし、それは冤罪であると主張していた。
 2006年9月か10月に駒込のサウナで死亡した佐藤さんという女性は、この山谷E子さんである可能性がある。
 佐藤講員の娘で山谷議員の妻であったとか、昔からの知り合いの関係ではないかと思われる。
 学会員が佐藤氏を探していたのは、山谷E子さんのことでかも知れない。
 S学会も結局、オウムと同じだからである。会長のI田D作氏が、麻原彰晃と同一人物であると思われるからだ。

 駒込のサウナで死亡したのが佐藤議員の娘の山谷E子議員であるとしたら、山谷E子に扮している人物は、殺害した人物かも知れないが、前々から山谷氏が疑われていた菊地直子である可能性もある。
 山谷E子議員が、菊地直子に間違えられていたのは、1970年に起きた子供のすりかえが原因ではないだろうか。
 Nの宮とA宮という家の子供が入れ違いにされ、そのうちA宮さんの家に連れられたNの宮は1976年頃死亡している。Nの宮を殺害したのが菊地直子で、菊地直子は当時、K原今日子と名乗っていた。
 K原さんという家にはC子さんやY子さんという娘がいたが、他にも姉妹がいて、その中の一人の今日子が殺害されたか、K原今日子がK原さんの前の妻か愛人関係にあった女との間の娘だったという(設定)関係なのかも知れない。
 つまり、菊地直子が名乗っていた名前がK原であり、被害者のK原さんと関係があった女か殺害されている娘がいたかして、その父のK原さんの娘が山谷E子であるので、菊地直子は、K原C子(姉で山谷E子議員)さんに菊地直子の罪をなすりつけていた。しかし、上野で父親のK原さんを殺害した時に、娘も殺害するつもりでいた。
 山谷講員は、佐藤講員と親戚関係か知り合いだったが、山谷講員が支配人をするホテルに、国府田和夫でS学会の高幹部か会長I田氏が働きに来たので、もめごとになり、自分を助ける代わりに佐藤講員を殺すなどの話しがあがり、山谷講員を使ってホテルに佐藤講員を呼んだのだろう。そして殺害された。

 山谷と佐藤といえば、台東区江東区内の学会員で知らない者はいないというほどであったという。

 S価学会
 九州・福岡の炭坑会社で働く韓国人や朝鮮人労働者に、信者となる勧誘をして、近くに住む日本人を殺害して家を盗み、労働者が住み出した。
 S価学会は、もともと炭坑会社と地名が合わさった名前で部署名を作った(例:三菱山田など三井麻井など)。
 この炭坑会社で働く朝鮮人が学会員となり、統一協会の重複メンバーとなり、さらに、山口組の構成員と重複したのではないだろうか。

 S学会信者=統一協会山口組

 法華講員とは、創価学会より以前からのお寺の檀家のことである。法華講員とは、学会員の中でもごく少人数である。
 牧口という初代会長を勧誘したのが、三谷という人物で、この山谷氏がF崎I成支配人ではないかと思われる。
 三谷氏と佐藤氏は、台東区江東区では知られた存在であるという。
 この法華講員とS学会の間でトラブルがあり、上記の暴行事件を起こしていたものと考えられる。
 しかし、佐藤という人物は、三谷の先輩講員であるらしいので、相当年代の高い人物であると思われる。
 山谷I成氏は、I原S太郎であると思われ、この人物と親しい法華講員が佐藤氏である。
 上野公園の被害者の名前は、佐藤といい、法華講員の佐藤氏が被害者の佐藤さんではないだろうか。
 学会員の中には、ブッチャ-佐藤などと呼ぶ人たちもいる。