宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 29-370    仮谷さん拉致事件のつづき


 宮沢一家殺人の宮沢さんの妻が仮谷氏

 2000年12月30日に世田谷で起きた宮沢一家殺人事件の宮沢みきおさんの妻が仮谷氏である可能性がある。
 宮沢一家殺人事件では、宮沢みきおさんと妻と子供二人が殺害されている。そのうち、宮沢さんの妻が惨殺されており、この事件の本当の狙いは、宮沢みきおさんではなく、妻だった人物であると考えられる。
 宮沢みきおさんは、放送作家のA元康に似ている。この妻が仮谷氏で皇后美智子だったことになる。
 2001年1月2日に、皇后美智子の父親の英三郎氏と思われる人物が、青森県の風の松原の管理事務所で殺害されており、宮沢一家を殺害した後、隣に住んでいた英三郎氏を拉致するかして東北まで行き、逃げてきた管理事務所のトイレ内で英三郎氏を殺害した。
 オウムは、仮谷氏を追いかけ続けていて、宮沢一家殺人で殺害しようと計画し、怨念があるために惨殺された。
 宮沢さんの妻の遺体は成城署に安置されたが、親戚が引き取りに来た後、火葬しなかった。そして、大阪にあるI休という温泉施設で解体され、方腕を佐賀県にある玄海原発所内に遺棄し、4月にマイクロウェーブというサウナの焼却炉で焼かれて淡路島の洲本に遺棄された(4月21日)と考えられる。
 正田親子は、いつも一緒にいる親子なので、殺害された日もだいたい同じであると考えられる。しかし、父親の方腕が福島第一原発所内に埋められていると考えられ、仮谷氏の方は佐賀県なので、殺害した者が違うのではないかと考えられる。
 福島県は、菊地直子で大内早苗のゆかりの地だが、佐賀県は井上嘉浩で上祐のゆかりの地である。
 だから、父親の方の殺害は菊地直子の方で、仮谷氏の殺害は井上嘉浩であると思われる。
 この場合、同じ家にいた二人を別々の人間が殺害したとも考えられるが、宮沢みきおさんの顔が英三郎氏に似ていない。また、妻が惨殺されているのに、もし夫が英三郎氏だったとすれば、夫の方も惨殺されていても不思議はないはずだ。いつも仮谷氏のことを助けていたのが英三郎氏なので、オウムにとっては、英三郎氏も仮谷氏も同じ位憎い対象だったはずだ。
 そして、殺害時期が違う日のために、解体場所も方腕の遺棄場所も違う場所だったのではないかと考えられる。

 亀戸6丁目の被害者は蘇生された?

 仮谷氏は、1999年9月18日に、亀戸6丁目で殺害されたことになっていて、公開捜査が発表されているが、この時、実は遺体を引き取りに来た者が麻原である。被害者の名前はN口陽子という人物だが、夫は麻原彰晃(N口という名前を名乗っていた)だった。
 そのため、自分の妻が殺害されたとなると犯人に追いかけられて面倒なので、蘇生を試みたら生き返ったと考えられる。
 そのような経過があり、今度は宮沢さんの妻として世田谷区に住んだ。
 亀戸6丁目の被害者の顔は、皇后美智子に似ている。しかし、この事件を捜査していた警察官が次々と行方不明となっていて、不審な点がある。

 徳島と淡路島の遺棄事件

 2001年4月20日と21日に徳島と淡路島で発見された松田親子は、親子であると考えられ、遺体の状態がマイクロウェーブで焼かれているらしいので、この遺棄事件の犯行は、オウムであると考えられる。
 オウムは、仮谷氏をマイクロウェーブで焼却した、と証言しているので、このうちのどちらかが仮谷氏である可能性がある。
 この遺棄の犯人は、小池という男だが、麻原彰晃と似ている。
 亀戸6丁目の時は、自分が夫で遺体を引き取りに行ったので、何か調べられるのもいやだし、犯人の上祐(井上)につきまとわれてもいやだと思った。だったら、生き返らせて本人に何でも押し付けようと考えた。しかし、松田親子の時には、自分が遺棄をするし、松田親子という障害者の親子という設定なので、たいして捜査もされないだろう、と思った。