宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 ㉙-1021    仮谷さん拉致事件のつづき

 

 河村Y子さんが仮谷清志として死んだ人物?

 

 90年に殺害された女性は、河村Y子さんの本物の方だろうか。

 高橋克也か演歌歌手Мと男女関係になり親を殺すと言われた河村さんは、そんなことで親を殺されたら困る、として高橋克也か演歌歌手Мを待ち伏せたがやってきたのは仮谷清志で、刺し殺そうとしたが刺し返され高橋か演歌歌手Мの自宅まで運ばれ殺害される。

 河村さんを刺してしまった仮谷清志は、河村さんが殺害された時に自殺を図った人物で、この人が浩の宮と同一人物でる。

 河村さんとО和田さんの二人は、同じ日に演歌歌手Мに会ったが、О和田さんの方にお妃が内定していたかして、河村さんをО和田さんの犠牲にしようということになったのではないだろうか。

  О和田М子はイナバさんと同一人物で、早川紀代秀と同一人物だ。

 殺害された河村さんの頭蓋骨をイナバと呼んでいたのは、О和田雅子に負けた人という意味だろうか。

 河村さんが殺害された時、自殺した仮谷清志で親は「自身が死んだことにしてくれ」と演歌歌手Мに頼んだ。その後から演歌歌手Мは、度々、仮谷氏の人物やМ下孝蔵になりすまし、皇太子にもなりすますようになった。

 

 演歌歌手Мが菊地直子

 

 河村さんを自宅の浴室で殺害し、親の仮谷清志を自殺させたのは、演歌歌手Мだが、演歌歌手Мが菊地直子だろうか。

 河村Y子さんは、河村姓の他、埼玉県草加市で菊地姓を名乗っていた。この河村さんの人物像が菊地直子の人物像に当たると思われるが、すでに殺害されているので、殺害した人物が菊地直子で(偽の)河村Y子ということになる。

 河村さんは、身長162㎝位でマラソンも趣味としていたようだ。

 演歌歌手Мは、後桜町天皇と同一人物で、自身の天皇時代が終わる直前に、大量殺人した女性たちのことを取り上げて女性の一人称を、埋葬された「あだし野」から取り、

その地名に似通った物を作った。

 菊地直子の正体がわからないのは、その菊地が作った女性の一人称を多くの女性が使用していて、カモフラージュになっているからではないだろうか。

 菊地直子として裁判に出頭したのは、演歌歌手Мの妻に当たるA美という人物で、石井久子と同一人物で、演歌歌手М本人ではないようだ。

 また、演歌歌手Мは、オウム裁判の時に、麻原彰晃として出廷していた人物で、菊地直子麻原彰晃は同一人物ということになる。

 また、高橋克也の人相も演歌歌手Мに似ているが、裁判に出廷した人物は、演歌歌手Мではないようだ。

 河村さんを殺害した人物は、高橋克也かどうかはわからないが、菊地直子と同一人物のようである。

 

 麻原彰晃→演歌歌手М

 菊地直子→演歌歌手М

 早川紀代秀→演歌歌手Мの妻

 

 演歌歌手Мは浩の宮ではない

 

 しかし、謎なのは、当時の皇太子と演歌歌手Мが、混同されていた点だ。

 皇太子と演歌歌手Мは、浩の宮とAの宮の関係であるが、まず、演歌歌手Мとの関係を優先して、「皇太子妃になりたいなら演歌歌手Мの心を掴もう」としている点だ。

 演歌歌手Мは、仲介人だと言われている、Ⅰ田大作と同一人物でもないし、むしろ浩の宮の方がⅠ田と同一人物で、ライバルだ。競って演歌歌手Мとの関係を持とうとするのは何故だったのか不明だ。

 演歌歌手Мは、男女関係を持った女性の親を殺害する性癖があり、演歌歌手Мとの関係を持とうとした女性たちはそうとは知らずに演歌歌手Мに近づき、親を殺害されることになるが、それを皇太子のためにやっているのか、何なのかがよくわからない。

 

 明治維新vs赤軍派・オウムなのか?

 

 後桜町天皇は、次の時代に断絶し、新しい明治天皇の家系が天皇家として即位したので、後桜町天皇らの家系は、明治天皇明治維新に恨みを持つようになり、いつしか革命を企み、これが、赤軍派オウム真理教として、明治維新の対立勢力として組織された。目的は、現天皇家を倒すことで、クーデターにより天皇家を乗っ取ろうとしている。明治天皇は仮谷清志で、オウムの麻原彰晃菊地直子後桜町天皇だ。

 しかし、仮谷清志もオウム信者である。

 後桜町天皇の時、キリシタン大名の一人が殺害されたといって宝暦事件が起きた。宝暦事件は、大名の家の娘の親が後桜町によって殺害される等して一家を巻き込んだ大量殺人に発展した事件ではないかと思われる。

 仮谷清志は、イエス・キリストである可能性があるので、キリシタン大名だったはずだ。

 この人物が殺害されたとして(仮谷拉致事件に酷似)、他の大名家一家が破綻していくが、後に天皇になったのは、キリシタン大名であることから、このキリシタン大名キリスト教徒ではない人や家を破綻させていったとも考えられる。キリスト教による弾圧が鎖国解除と一緒の時期にスタートしていたということになる。

 口火を切ったのが、キリシタン大名が死んだという告知だ。キリシタン大名が、後桜町政権や江戸幕府の何に当たるかはわからないが、相当の力を持っていたことは間違いない。やはりここでも、後桜町とキリシタン大名の区別がつきにくい。

 後桜町もキリシタン大名も、同一人物といってしまえば簡単だが、そんな単純なことなのだろうか。

 大名が破綻していった経緯はわからないが、現代では、土地の権利書を菊地直子が盗み、その権利書を持って銀行に行き、権利書の土地を担保に金を借りるという方法で、数千万円の金を借り、返済は20年後からといって、20年後に急に銀行が返済しろ、と言ってくるが、その家の人は何の返済金なのかわからない、という巧妙な手口によるものがある。

 

 キリストと悪魔キリスト

 

 キリシタン大名がイエスなら、後桜町は悪魔キリストと呼ばれる人で、悪魔キリストの悪事があってキリストはそれを救うという大義名分がある。

 対立していることには違いないが、同じ一族とか、結婚により親戚になったとかの関係がありそうだが持ちつ持たれつである関係もあるのだろう(キリスト教が存続している理由)。キリストの役目は、悪魔キリストが狙う女性の救済もあり、ここから、キリシタン大名が殺害されたのだから女をやってもいいだろう、という思想が出てくる。

 後桜町は、女性天皇として、好かない女性を殺したということで、女性天皇だから女性がたくさん殺されたということにしたが、後桜町の実際の性別は男性で、男性だが女性の大量殺人の理由が女性天皇ならでは、ということになっているので、後桜町は女性として生きなければならない、という縛りが発生しているようだ。

 キリスト内部で対立があり、その対立者当人ではなく、周囲の人たちに被害が派生している形で、仲間ではあるが、対立により勢力が拡大するという特徴がある。

 先の皇太子の妃選びに演歌歌手Мが出てくるのも、皇太子がイエス・キリストで、演歌歌手Мが悪魔キリストということを考えれば、イエス・キリストの方が悪魔キリストに勝てないので、お妃選びで悪魔キリストの許可をもらって選んでいるということなのだろうか。

 

 河村Y子が殺害されると何故大ごとになるのか

 

 河村Y子は、大手建設会社のT中工務店の役員だった人物の娘である。

 T中工務店は、建築業の流派の大隅流であり、初代が大隅流を確立したということだ。

 江戸時代や後桜町天皇の時代に、工務店や建築業者等の大工は、花形産業とされている。どうしてかというと、神社仏閣の建築の他、江戸の大火等の火事により取り壊しや再建等の幕府からの発注も多く、さらに地震もあったり、徳川幕府のインフラ整備政策により、大工の仕事が多かったためで、大工は結構金持ちだったようである。

 しかし、それらの大工の仕事は、災害の復興と関係があるので、仕事が薄い時には自作自演で火事を起こすことも可能だったはずだ。このため、大工の勢いは大きく、幕府も大工には気を使っていたのではないかと思われる。

 徳川幕府の時代には大工業は繁栄していたようだ。

 しかし、大工の仕事は女性差別をするきらいがあり、大工業が盛んだと女性が不都合となり、天皇の住んでいた京都では女性狩りの事件が起こるようになり、それが原因となったかして断絶に至った。

 大隅流は、長野県の諏訪地域の寺社等を請け負った高島藩お抱えの職人集団で、対立する立川流も元々は大隅流だったようだ。

 ところが、明治時代になり、国際色が豊かになり欧米文化が日本に入ってくると、大工業が好き勝手できなくなったと思われ、このため、明治維新を嫌うようになったのではないかと考えられる。

 流派は、朝廷、公卿(くぎょう)、寺社につながるもので、天皇家ご用達の大工が大隅流だったようで、職人という技術を売る職業であることも加わり、天皇家にも少なからず影響を与えていたのではないだろうか。

 天皇家の寺社といえば、伊勢神宮等の神宮や神道系の神社がある。この造園をT中工務店が引き受けていたので、天皇家と同じような重さを持つ企業として重鎮されているのかも知れない。

 ニセの河村Y子は、河村Y子と誕生日が違うが、紀宮に扮していて、紀宮菊地直子だったら、それを民間の誰かに押し付ける等と計画しているのかも知れないが、死刑判決を受けたオウム信者の中に皇族と同一人物は多いので、何故、菊地直子だけが特別扱いなのかがわからないといえる。

 

 仮谷清志は高橋克也

 

 仮谷清志は高橋克也であるという説がある。もし、仮谷氏が高橋克也だとしたら、河村さんが殺害された時に自殺をした母親が高橋克也だったということになる。

 そうすると、河村さんを殺害した演歌歌手Мが菊地直子ということになり、ますます菊地だけが何故無罪なのかわからない。演歌歌手Мは麻原彰晃でもあるので、無罪判決により、オウムが調子に乗って資産家殺人を加速させた疑いがある。

 仮谷清志は、端本悟とも同一人物であり、端本悟は諜報省に所属していた。高橋克也も諜報省であり、仮谷清志は、多少の犠牲を払い、多くの利益を得るような資産家殺人に関わる重要な犯罪にかかわっているか、それを誘導していたことになる。

 端本悟の上司は新実智光だったが、この人物はJ警察署の掃除夫をしていて、警察官のように区民の監視をしているが、仮谷氏と同一人物である可能性もある。J警察署は、仮谷氏の自宅のある亀戸の管轄警察署で、この警察署で無罪になった菊地直子を、

別の人にすり替えて捜査をしているように見せかけているが、その担当者が仮谷氏と同一人物かも知れない新実である。

 つまり、河村家に諜報省の高橋克也がいたり菊地直子麻原彰晃)がいたりするわけだが、捜査されるのは別の家の人たちで、そうすっるように圧力をかけているのは、当時の皇太子である。皇太子は、仮谷清志と同一人物である。

 菊地は無罪になり、高橋は仮谷氏として、暗躍しているということになる。

 

 E川紹子も高橋克也

 

 仮谷清志は、オウムジャーナリストのE川紹子とも同一人物である。

 仮谷拉致事件を最初に持ち込んだのはE川紹子であり、仮谷清志と同一人物なのに「兄がいなくなった」と警察を騙して公開捜査をさせている。

 この最初に事件を持ち込んだ人物が諜報省の高橋克也と同一人物なので、最初から仮谷拉致事件は謀略だったことになる。