宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 29-328    仮谷さん拉致事件のつづき

 
 安政の巨大地震と共通点

 安政時代の1855年安政2年)11月11日に、関東南部でM6.9の巨大地震が発生している。この3年後に安政の大獄が起きている。
 安政の大獄とは、老中の安倍正弘がアメリカとロシアと通商条約を締結したが、これに反対する一ッ橋家(水戸黄門)と鹿児島藩が投獄された事件をいう。
 一ッ橋家は水戸黄門と同じ系列で、水戸といえば、茨城県である。また、鹿児島の川路という人物も投獄されており、川路といえばH山由紀夫である。
 茨城県といえば、3.11の地震の後、福島に続いて大きな地震の多い地域である。また、鹿児島といえば、現在火山噴火を起こしている霧島が鹿児島県にあり、東京の香取神社同様に、火山に警察官の遺体を葬った場所とされている。
 江戸幕府が倒幕された西南の役は、茨城県水戸藩鹿児島藩江戸幕府への仕返しとみることが出来る。
 当時、江戸幕府鎖国を敷いていたが、外国の圧力により、鎖国を解除したと思われ、これが、アメリカとロシアとの通商条約だった。
 安政地震はこの直前であると考えられ、通商条約の直前に地震が起きていたことになる。
 地震アメリカとロシアが関係しているかどうかはわからないが、何らかの日本流システムの崩壊があったと考えられる(鎖国の解除)。
 鎖国とはもともと、キリスト教の弾圧からきているが、キリストとは、鹿児島県や九州地方に信者が多く、徳川慶喜は一ッ橋家の出身だが、新幕府で将軍職に就いており、慶喜キリスト教だったと考えられる。
 オウムとは、キリスト教を母体とした宗教団体であるが、安政時代にも。キリスト教により事件が多く発生していた可能性があり、その延長線上に地震が起きたとすると、米露との条約により、幕府側は時間稼ぎができていたことになる(この後、西南の役が起こり、江戸幕府が崩壊する)。
 
 安政の大獄で、本当に一ッ橋家や鹿児島藩が投獄されて処刑されたかといえば、一ッ橋家に暗い噂があまりないこと、川路を崇拝する警察官が多くいることなどから、冤罪をかけられて投獄され処刑された人がいたのではないかという推測ができる。
 特に、川路については、後に西南の役を成功させており、川路についていたのは、警察官である。
 川路は、自分の身代わりに警察官を突き出していたことが考えられ、そのために、鹿児島県で警察官による幕府への蜂起が起きたのではないだろうか。
 
 鹿嶋神宮や香取神宮は、利根川をはさんで向かいにあり、同じ水郷の向こう側とこちら側に位置する。ナマズは、この霞ヶ浦利根川にいた巨大ナマズであると考えられる。現在、霞ヶ浦利根川には、外来種アメリカナマズが大量に繁殖しており、これは、安政時代からいたものと考えられる。
 当時、日本は鎖国していたために、外来種が水郷や川にいるのはおかしく、さらに、その直後に通商条約が結ばれていることから、外国人がわざと外来種ナマズを川に放したのではないかと考えられる。
 外来種を話すぐらいいいではないかと思うかも知れないが、外来種は、その土地にもとからいる魚を食べたりするために、生態系がおかしくなったり、食物連鎖の頂点にいると考えられるナマズ外来種だと、日本の魚がいなくなってしまう(減少する)恐れがある。また、食べ物を外国から輸入すると、それを食べてばかりいると、知らず知らずのうちに思想も変わってくるので、外来種の魚を放したり、外国の種を持ち込むことは禁止されいているか制限されている。
 安政地震ナマズのせいというよりも、このように、鎖国を解除させようとする力が働いたか、わざと食物連鎖の頂点であるナマズを川に放したことによって、鎖国に圧力をかけられたせいで起きた可能性もある。

 ナマズが暴れると地震が起きるとは?

 ナマズが暴れると地震が起きる、ということだが、ナマズというより、ナマズを飼っていたり、ナマズに象徴される何者かが大暴れすると地震が起きる、という言い方に置きかえるとわかりやすくなるかも知れない。
 霞ヶ浦の水郷にいるのは、ナマズであり、演歌歌手Mであると考えられるが、3.11の地震が起きた時、演歌歌手MでAの宮は菅直人首相と同一人物である。この人物は、耐震構造偽装のヒューザーの小嶋社長と同一人物であり、ここでも耐震構造偽装という地震と関係のある言葉が出て来る。
 安政の時に、ナマズを放したのがこの人物であるか、時の政権を司っていた(井伊直弼であるといわれている)のが、今のAの宮(徳川慶喜とも同一人物らしい)であるとすると、関東南部の地震震源は、霞ヶ浦の水郷と利根川ナマズということになる。