円高ドル安
1986年のプラザ合意により、1ドル360円から一気に100円台の円高ドル安体制となった。
このプラザ合意で話された内容は、日本の価値を上げるために、全ての日本人が有名人かタレントになる、という約束の元に、円高にする、という合意がなされたという。
寝耳に水かも知れないが、このことは最近になりわかってきた。あるいは、日本人全員がタレントになる、という約束ではなく、他の突飛な約束があるのかも知れないが、似たような内容であると考えられる。
当時の中曽根内閣とアメリカのレーガン政権が決めたものだが、レーガンの前の大統領のカーターは、俳優という職業を武器にして当選した。
しかし、1980年代の大統領選挙で、カーターはレーガンに敗れた。
レーガンは、前の大統領のカーターとの確執が続いていたと思われ、レーガンは、カーターに勝てるものを日本に求めた。それが、日本人全員がタレントになる、という前提の元で決められた円高ドル安だったのだ。
中曽根は、パフォーマンス政治家などと揶揄されてもいたが、このことと関係があるのかも知れない。
しかし、プラザ合意から25年経った今、日本人が全員タレントになるという約束が果たされず、レーガンはカーターに押され気味になり、日本にカーターの制裁がやってきている。
それが、NHK歌謡ステージである。
NHK歌謡ステージとは?
NHKの歌番組で歌謡ステージというものがある。
毎回、歌手(演歌歌手が多い)が出演し、持ち歌などを披露するが、この番組は、司会者が、台本や構成、出演者など番組の全てを決定する立場にある。
歌謡ステージの司会者は、公安のトップであるというような意味あいがあり、歌謡ステージに出ている出演者は何かの犯罪人であろうが問題があろうが、歌謡ステージに出ている歌手として、役人も国民も一目置かねばならない習慣があるという。
タレントでない者、歌手でない者にとっては、何故この番組が?と思うかも知れないが、テレビ業界では知られた話であるという。
ところで、歌謡ステージの司会者は、1990年代半ばか後半頃に変わっているが、前の司会者はレーガンと同一人物者で、現在の司会者はカーターと同一人物者であるらしい。
レーガンからカーターの公安体制に移行したと思われるのが、司会者変更時であると考えられる。
カーターは、日本人は全員タレントになっているはずだ、という前提で、この歌番組を公安体制の取り締まりに利用している。
出演者は、公安の取り締まりと称して、自分たちの意にそぐわない人々の大量殺人を行なっている。
出演者は、たいてい同じ人物に決まっているも同然で、歌手名やキャラクターは違うが、同じ人物5~6人がいろいろな歌手名を名乗り出演している。
つまり、Aという歌手とBという歌手は、顔も違うし名前も違うしキャラクターも違うが、同じ人間が変装して歌い方を変えているだけであり、中身は同じ人なのだ。
だから、出演者の意にそぐわない人々はいつも同じような人だし、そういうタイプの人だけ狙われている。
日本人全員がタレントにならないからといって、タレントによる公安体制の押し付けをされているのが、日本国民であるといえる。
円高ドル安をやめるべきなのか、日本人全員がなりたくもないタレントにならなければいけないのだろうか。
3.11の大震災の後も、円高は収まらなかった。
物事の一般的考えとして、不調な時に価値が下がる。しかし、日本の円高は、不調な時にも値を下げず、不気味さを漂わせる。その代償として、人間の命が奪われていると考えられる。
円とはいったいどこの国のものなのか今では不明である。
日本にテロがいようが、役人が職務を放棄しようが、円は一向に下がる気配をみせない。
実は、アメリカは、円高ドル安にすることにより、アメリカの国内的な問題を日本になすりつけているとも考えられる。
歌謡ステージの司会者交代のきっかけ
歌謡ステージの司会者が変更したきっかけは、日本の経済に関係のあることであると思われ、例えば、司会者をしているIやHと名乗る人物が、日銀の為替相場担当者か総裁を殺していたことが考えられる。
日銀の協調介入は、円高を保つように円を買ってドルを売るなどをしているが、これは、担当者が円高でなくては困るからではないだろうか。
つまり、円高でなくては困る人物が、歌謡ステージの司会者なのである。
司会者は、1990年代半ばか後半頃に、正田英三郎氏の息子の日銀職員を殺してなりすましていることがわかっている。
日本の為替相場は、司会者が組長か幹部をしている稲川会の独占となっていて、このことも、為替相場担当者か総裁を殺していたとすれば、つじつまがあう。