宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 天皇陛下殺人87 警視庁は赤軍派の部下 警視庁も慌てる田中義三、坂東國男とは

 オウムの起こした国松長官狙撃事件で狙われた国松長官は、M警察署で警察署長をしていたことがある。
 国松長官は狙撃される前まで、オウム捜査の指揮をしていたに違いなく、この赤軍派による事件が、オウム捜査に影響を及ぼしていたことが充分に考えられる。また、長官自身が赤軍派と親しかったか、もともと関わりがあった可能性も捨てきれない(顔が柴田泰弘に似ている。田中義三にも似ている。M警察署火炎瓶事件のもう一人の容疑者の小西隆裕もM警察署の警察官かも知れない)。

 オウムの逃走犯に関わる捜査は、初めから逃走犯を逃がそうとしていた傾向がある。赤軍派とオウムに重複するメンバーがいたり、田宮高麿が麻原彰晃だったり、オウムと赤軍派は、関係が深く、目的の面で一つに繋がる。捜査をしていた警視庁の中に赤軍派の幹部がいた場合、捜査は赤軍派主導となていたとしたら、その理由は、国松長官が田中義三か柴田泰弘であったために、赤軍派とオウムの利益を守るためと、赤軍派の目的を達成しようとした二つの狙いがあったと考えられる。
 オウムの捜査(逃走犯本人を逃がし、別人を逃走犯に仕立て上げる冤罪作り捜査)で重要な役割を果たしていた警察関係者の中には、K金融相がいる。
 この人物は、御茶ノ水にあった調査会社で、菊地直子の直属の上司であり、大内早苗(森順子)とも愛人関係にあり、特に大内早苗(森順子)との関係は、大内の環境を優先する立場をとっていた主要な人物であった。平田信も社員であったが、
96年頃から、平田と親しくしていて、勤務後、飲食を共にすることもよくあったようだ。
 K金融相の親しくしていた人間のほとんどがオウム信者で、K金融相の立場は元警察官僚ともいわれている状況からすると、警視庁の捜査自体が、オウム信者の誘導であった可能性が高い。
 当時、オウム信者の大内早苗は、平田信をHの宮であると思い込んでいた。そして、その意思が警察に伝わったか、平田信はHの宮であるという通報がまかり通っていた。
 K金融相がもし、赤軍派の幹部であった場合(坂東國男に似ている)、警視庁の捜査はオウム寄りになるのは決定的か、そうでなくとも、オウム信者ばかりに囲まれていたK金融相の意見が通っていたと考えられるのは、自然である。 
 しかも、初動捜査をしたのはM警察署である。
 M警察署は、赤軍派が学生をしていた東京大学の隣に位置する警察署で、1969年には、赤軍派によるM警察署火炎瓶襲撃事件が起こっていた。襲撃に使われた火炎瓶は、東大で製造されたものであり、国松長官もK金融相も東大を卒業している。
 オウム逃走犯を助け、オウムの資金源といわれ、高橋克也を金融相に任命していたK元首相も、赤軍派の奥平純三である。

 樺美智子、重信房子・・T元外相
 田中義三・・狙撃されたK松長官?
 坂東國男・・K井金融相(元警察官僚?→警察官僚ではなく、警察官を殺害し乗り込んできた)→日航123便墜落の時、K井は、K籐K一で同一人物が防衛庁長官だった。
 奥平純三・・K元首相
 魚本公博・・演歌歌手M
 赤木志郎・・H内孝雄
 若林盛亮・・A前首相 

 菊地直子であると思われる人物
・A宮T子→TBSの元アナウンサーで、テレビ局やオウム信者の演歌歌手と共謀し、芸能人至上主義を強制した
・倖DK未
WINKのA田S子→司Y子とA澤H之の三男の妻
・N村T美
・早MY
・O渕Y子
・K泉K子

 
 

 菊地直子は「走る爆弾娘」のあだ名を持ち、マラソンの選手だったことがある。
 父母は、A前首相とA前首相の妻のCである。
 Cは、国土交通省総務省と裁判所に影響力を持っている。
 しかし、菊地直子の父だったA前首相は、総選挙で敗北し、自民党は野党となった。

 工藤会の野村悟の計画

 野村はA前首相に顔がうりふたつで、HTの宮と同一人物でアメリカのR元長官と同一人物で、ロッキード疑惑で逮捕されたM紅ルートの元社長のO久保氏と同一人物でもある。
 野村は、福岡県博多市に自宅があり、M紅は福岡県に本社があるスーパーDエーの株主でもある。しかし、野村でA前首相は、大手スーパーEグループのJスコの経営者のO田氏とも同一人物である。
 皇居の周囲に出現する右翼団体も、工藤会系である。