宝財探偵所の迷宮事件

宝財探偵所が未解決事件に挑みます。

宝財探偵所の迷宮事件 ㉙-998    仮谷さん拉致事件のつづき

 

 93年に死んだ人物

 

 「演歌歌手Мを殺した」と言ってシビリアンコントロールの変更を三沢基地に頼んだのは、K村Y子である。

 しかし、実際に死んだのは、エリザベス女王であると思われる。それは、物の言い方、伝え方が被害者を加害者ということにした言い方なのだ。

 つまり、演歌歌手Мが人を殺した、殺害されたのはエリザベス女王だ、が正解なのだが、それを逆に伝えていたのだ。

 93年に死亡した人物は、演歌歌手Мの妻のAの母と同一人物でもあるようだ。Aは、麻原彰晃とも同一人物である。この後、演歌歌手Мの妻の家なのか、松本智津夫の家なのかはわからないが、一家が皆死んでいるという。 

 93年に死んだイギリスの資産家が仮谷清志とすると、仮谷清志は麻原彰晃の親で、一家は皆殺しされているので、遺産は麻原彰晃一人が相続するということになっていたのだろう。この仮谷家の一家を殺害したのはオウム真理教だろう。麻原は遺産が自分の物になると思い殺したのだろう。

 しかし、95年にオウムが家宅捜索されて解散命令も出たので、その遺産が麻原の物になったのか不明だ。

 ところで、演歌歌手Мは、妻のAに「ある人物の真似をして結婚生活をするように」と言い、身近ではない人物の真似を妻にさせていたようだ。しかし、このAが真似していた人物が、93年頃までシビリアンコントロールをしていた人物で、演歌歌手Мにとってみれば、妻に真似をさせているので、二人は同じ、とみなし、Aの親が殺害されたのだから、シビリアンコントロールの親が殺害されたも同じ、と解釈し、米軍三沢基地に「シビリアンコントロールを止めてくれ」とはたからみればこじつけのような理由でシビリアンコントロールを変えさせている。

 これは、イギリスでも行われていたのかは疑問だ。しかし、ヨーロッパの方が、きちんと報道されるので、もし、イギリスでシビリアンコントロールを変えてくれ、と命令があった場合、おかしいと思う人がいるので、女王の死はもっと早く報道されていたかも知れない。

 日本でシビリアンコントロールを変更する代わりにイギリスは変化なし、ということになると、犯人の暗躍と誰がやっているのかわからない混乱した世相に加え、それが何なのかが日本以上にわからないイギリス、日本の政治家が勝手にやっていたことも欧米は知らない、という状況となり、ろくでもない日本国、日本が何をしているかわからない欧米、という構図が出来上がってしまった可能性もある。

 

 本物の演歌歌手Мは1989年に死んでいた

 

 本物の演歌歌手Мは、1989年に女性教員宅で死んでいるらしい。

 警察が検視等を終えた後、遺族が引き取りにきて遺体を持って行ってしまい、首を切断しコンクリート詰めにして青森県に埋めたようだ。

 この後、演歌歌手МをしていたのがK池で、その後、平田や息子が演歌歌手Мに扮している。

 2003年当時にエリザベス女王を殺害したのは、演歌歌手Мのニセの方や、Dというお笑いコンビらで構成される不良グループである。